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源辿の日朝古代史
超唯物論理学概論()
序論1、(超唯物論理学とは何か)、
序論2、(真空エネルギーとは何か)
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超唯物論理学概論()・・序論1
 序論1
 (超唯物論理学とは何か)

  時空とは何か宇宙とは何か、
 現代物理学には解っていないことがたくさんあります。例えば、物理学では重力や、重力場、重力波、万有引力の法則などの言葉が使われていますが、重力は何か、重力が何故質量に存在するのかは解っていません。また、現在は電化の時代ですが、その基本である電荷とは何か、何故粒子(質量)が電荷を持つのかは解っていません。さらに、最近注目されているのがアインシュタインの提出したビックバーンの宇宙生成理論です。何故かというと、それは現在宇宙ロケットによって宇宙を知る機会ができたからです。ただ、アインシュタインの生成理論は無から有が生まれたという矛盾を抱えています。それを補う理論として、現在ではインフレーション理論によって説明されています。そのインフレーション理論によれば、次のように説明されています。「常識的には無というと何もない状態ですが、物理学的には無は時空に「ゆらぎ」のある状態のことをいいます。この「ゆらぎ」は、素粒子の生成と消滅が繰り返されることにより起きていて、物理的には消すことができません。言い変えれば、無と有の間をゆらいでいる状態ということです。その状態から「トンネル効果」で、突然パッと宇宙が生れたと考えられています」。しかし、これおかしいですよねえー。何故かというと。無という言葉が二つの概念で用いられています。つまり、常識的には無は何も存在しない状態であるが、物理学的には無は「物」が存在しない状態だと言っているだけに過ぎないわけです。つまり、物理学的には無は有だと言っているのです。現代物理学にはそのような言葉がたくさんあります。時空とエネルギーの区別のつかない真空の世界とか、真空のエネルギーとか、空間がよじれるとか振動するとか、ブラックホール(正体不明の穴)やダークマター(闇に隠されている物質)などもその一つです。でもそれは仕方のないことです。物理学は基本的には唯物論です。それを支えているのは難しい数学ですが、その数学も物の変化に関する計算です。しかし、時空は物ではありません。物ではない時空が物の変化によって解く物理学で解けるはずがないのです。それを解こうとするのが超唯物論理学です。そんなことできるのか。できるのです。ニュートンに学べばいいのです。ニュートンは万有引力の法則を発見しました。しかし、ニュートンは物理学や難しい数学によって万有引力の法則を発見したわけではありません。物理学の理論は基本的には原因となる法則によって結果を説明する理論です。しかし、ニュートンはそんなことはしていません。木からリンゴが落ちるという結果から原因の法則を見出しただけです。つまり、原因の法則が解らなければ結果から原因の法則を探し出せばいいだけです。発見といえば大変なことのようですが、簡単に言えば単なる思い付きです。時空の問題も同じです。時空に起こる法則によって結果が起こっているのなら結果からその法則を見つけ出せばいいだけです。ニュートンは木からリンゴの落ちるのを見て万有引力の法則を発見しましたが、簡単に言うと主語を入れ替えただけです。つまり、リンゴが木から落ちるのではなくリンゴが木から落とされたと解釈しただけです。時空の問題も同じように考えればいいのです。たとえば、密度の高い空間から密度の低い空間へ物は移動します。これは空気でも塩水でもエネルギーでも同じです。しかし、リンゴと同じように空気も塩分もエネルギーも自ら動く運動能力は持っていません。つまり、空気も塩分もエネルギーも動いたのではなく動かされたのです。何によってか。それは時空の存在性によってです。その存在性とは何か。それは異なる時空間はその存在性を等しくする性質を持っているということです。そう考えれば物理学で説明しきれない問題はすべて解けます。簡単に言うと以下の通りです。
 無限の時空は無限の時空間に別けられます。その時空間には存在性を等しくしようとする性質がある。その結果、お互いに引き合う性質がある。この性質が時空の持つ引力場です。この引力場はエネルギーではなく単なる存在です。ただ、異なる時空間の存在性が異なった時に引力を生み出します。つまり、異なる時空間に存在する質量やエネルギーに差が生じた時それを等しくしようとしてお互いに引き合い引力を生じます。しかし、時空は移動できません。そのため、時空間に存在する質量やエネルギーを移動させて存在性を等しくするのです。その結果、質量は一定の方向性を持った運動エネルギーを持ことになります。また、質量が移動し始めるとぶつかるものが出てきます。質量がぶつかると質量の運動の方向性はいろいろな方向に変化します。すると、ぶつかるものがますます増加します。一方で、質量がぶつかると質量の持っていた運動エネルギーの一部は熱エネルギーになり質量に残ります。また、一部は質量を回転させる運動エネルギーになり質量を回転させます。更に、一部は質量の一部を切り離すエネルギーとして働くため質量の一部を元の質量から切り離します。すると、質量時空間の引力場も切り離されます。結果、元の質量の引力場に変化(電荷に変化)が起こります、また、切り離された質量の引力場(電荷)もその変化分だけ反対側に変化します。そして、互いに引き合うが、切り離された質量には外に飛び出す運動エネルギーが存在するため、元の質量の周りを回転することになります。つまり、ぶつかった後の引力場の安定しない質量が陽子であり、切り離された質量が電子であり、ぶつかる前の引力場の安定した元の質量が中性子です。電荷とは質量時空間の引力場(電荷)がむりやり切り離されたことによって起こる現象、つまり、質量内時空間の等しくなろうとする性質(引力場)が変化したものが人間の認識している電荷なのです。なお、引力場は重力場ではありません。重力は引力場の質量時空間に差ができた時に生じたエネルギーによって起こる機能です。
この解釈が正しいか正しくないかは別として、そう考えれば物理学で解けていない問題はすべて解ける筈です。このような考え方が超唯物論理学です。なお、超唯物論理学概論()以降にはその具体論とその具体的現象および物理学の解けていない問題の具体的説明を記していきます。その説明は幼稚なものですが。

 追記
 時空間や宇宙で起こっていることは時空の一部で起こっていることです。しかし、時空などというものは永遠に見ることはできないし、その存在性も永遠に知ることはできないでしょう。しかし、その存在性が説明もしくは定義されていない状態で、時空がねじれるとか振動しているとか言っても、その理由を説明することはできない筈です。それならば、その存在性をいったん定義し、その定義した存在性によって現実の世界を説明し、それで説明できればその定義は正しい可能性があります。ただし実証することはできません。逆に矛盾すれば定義が間違っているのです。矛盾は私に見つけられなくても賢い人がたくさんいます。その人たちが矛盾を指摘するでしょう。そして相手にされないでしょう。それでいいのです。その時は、また新しい定義を思考すればいいのです。でも、本当のことを知るにはそれしかないのです。どんな賢い人にも時空の存在性を見ることはできないでしょう。無鉄砲ですが、下手な鉄砲数打ちゃ当たるといいます。その内どこかの誰かが偶然当たればいいのです。それで真実を知る可能性があるなら、それが私の流儀です。まあ、ここに書く長々とした論文はすぐに否定されるでしょうけれど。時空なんて人間にとって永遠の幽霊のようなものなのです。ただ、超唯物論理学は哲学や宗教ではありません。想像に基づく老人の幼稚な理論思考、知的遊戯です。



| 小波礼行 | 勝念の超唯物論理学(概論) | 02:14 | - | - |


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