勝念ブログマイスペース(МyS)

源辿の日朝古代史
超唯物論理学概論()
序論1、(超唯物論理学とは何か)、
序論2、(真空エネルギーとは何か)
舞鶴の今一つの記録遺産
女学生の制服セーラー服の歴史、
第四回舞鶴達磨まつり(昭和二十六)
  << July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
超唯物論理学()・・序論2
超唯物論理学概論()
 序論2 (真空のエネルギーとは何か)
  真空の世界では何故時空とエネルギーの区別がつかないのか

 現在の宇宙の生成に関するアインシュタインのビックバーンモデルはインフレーション理論と結び付けられて時空とエネルギーの区別のつかない真空の世界で真空のエネルギーによって150億年前に起こったとされています。そしてその時の温度は10の32乗度Kとされ、真空エネルギーのサイズは水素原子の一兆分の一とされています。ただ、なぜ温度が10の32乗度Kになったのかとか、真空の世界がどのようなものなのかなどは説明されていません。その上「真空のエネルギー密度を生み出すような粒子や場(真空の世界?)、の正体については謎」とされています。しかし、私の想像仮説ではその説明ができるのです。
 真空の世界が真空のエネルギー密度を生み出すような粒子の場ならその温度は10の32乗度Kということになります。この温度になるには高圧と高エネルギーを生み出す存在が必要です。その場合高圧は想像のつかないほどの高圧力です。例えば水素爆弾を爆発させるには原子爆弾を使って高温高圧力を生み出すのですが、それでも温度はせいぜい一億度C程度です。その温度でも水素爆弾が爆発するのは水素爆弾の爆発を抑える外圧がないために爆発してしまうのです。例えば太陽の中心では水素爆弾のように核融合が行われていますが太陽は爆発しません。それは太陽の中心にはそれだけの外圧がかかっているからです。ただ、真空の世界ではそれが10の32乗度Kの温度に上がるまで爆発を抑えるだけの想像を絶する外圧が必要ということになります。そんな外圧がなぜできるのか、また温度を10の32乗度Kまで上げるエネルギー源は何処に存在するのか、それが問題なります。しかし、私の想像仮説ではそれが簡単に説明できるのです。
 序論1で述べ通り、私の想像仮説では、時空に存在する各時空間はその存在性を等しくしようとして互いに引き合う性質があるとしました。これは逆に言えば各時空間が互いに押し合う外圧を持つということになります。そこで、150億年前の時空とエネルギーの区別のつかない真空の世界が何故そのような世界なのかを考えてみましょう。現在のビックバーンのインフレーションモデルでは真空のエネルギー(非常に小さい質量?,)のサイズは水素原子の一兆分の一で、それが爆発して火の玉宇宙になったとしています。しかし、そんなのは論理にはなっていません。そこで、そうではなくて150億年前には水素原子の一兆分の一のサイズの質量の粒子が無数にある時空間が存在していたと考えればいいのです。その時空間は月や空気などを含む地球のような時空間でもいいし、太陽系でも銀河系でも、多くの銀河系を含む我々の知る宇宙でもいいのですが、そこに現存する質量のすべてのサイズを水素原子の一兆分の一にしてしまえばいいのです。その場合質量の量は変わりませんが質量の個体数はその時空間に対しほとんど無限大になってしまいます。すると、各時空間の質量の存在数は現在と違い非常に等しくなってしまいます。つまり、各時空間の存在性の差はほとんどなくなります。そして、各時空間の引き合う力は非常に小さくなり、外圧も低くなる一方引き合う力によって生じる質量の運動エネルギー量も非常に小さくなってしまいます。つまり、その時空間に存在するエネルギーもほとんど無いことになります。つまり、真空の世界とは時空とエネルギーの区別のつかない世界ではなく、ほとんど各時空間に存在性の差がなくエネルギーがほとんど存在しない世界だと考えればいいのです。ただ、質量は個体ですから空間である時空間とは完全に存在性が等しくすることはありませんから必ず各時空間には差ができます。その結果、質量には多少の運動エネルギーは生じ質量は移動します。その場合、質量の個体数は無限にあるため現在と異なり質量間の距離はほとんどありませんからすぐにぶつかってしまいます。つまり、無限にある質量があちらでもこちらでもぶつかり合います。そして、質量がぶつかるとその運動エネルギーの一部が熱エネルギーになり、一部は質量の回転エネルギーになり、序論1に書いたように、重力も生じ電荷も起こります。電荷が起こると質量は結合を始めますし、また重力によっても結合します。その結果、質量の個体数は減少し、各時空間の差が大きくなり、時空間の引き合う力も大きくなり、外圧も高まり、質量の運動エネルギーも大きくなります。その結果熱エネルギーや質量の回転エネルギーも高まり、重力も電荷した質量も増加します。そして、その反応は連鎖的に起こります。ただ時間的にはまず外圧が高まり、次に運動エネルギーが増加し、次に質量の衝突が起こり、次に熱エネルギーが生じるという順番になるため、熱エネルギーは常に外圧によって閉じ込められることとなりますから、外圧に閉じ込められた熱エネルギーはどんどん累積され温度が無限に高くなっていきます。ただ、それが永遠に続くわけではなく、熱エネルギーは蓄積され温度はどんどん高くなっていきますが、外圧は蓄積されるものではないためやがて外圧がその熱エネルギーを閉じ込められなくなってしまいます。その結果、累積された熱エネルギーは爆発を起してしまいます。それがビックバーンといわれるものです。そして、人間の認識している宇宙という時空間で起きたのが150億年前で、その時の温度が10の32乗度Kだったのです。そう考えれば真空の世界が何で、真空のエネルギーがなぜ生じ、ビックバーンが何故起きるのかの説明がつきます。なお、ビックバーンは時空全体で起こるわけではなく時空の中のある時空間で起きているだけで、我々の知ることのできない時空間では150億年以上前にも起きている筈ですし、現在でも起きているはずです。そして、未来でも起きるはずです。その起きる温度も10の32乗度Kとは限りません。時空間の存在性によっては10の32乗度K以下でも起きる場合もあるでしょうし10の32乗度K以上の温度にならなければ起きない場合もあるでしょう。つまり、ビックバーンは時空上のある時空間で起きている台風のようなものです。従って、宇宙を時空間にあるエネルギーや質量の存在状態と認識するならば宇宙は生成もするでしょうし消滅もするでしょうが、宇宙が時空や時空間そのもののように認識するならば宇宙は生成も消滅もしません。そして、一般的には宇宙は時空や時空間のようなものと思われていますから宇宙は生成も消滅もしません。つまり、宇宙は過去から未来まで永遠に存在している時空(時空間ではない)です。そして、ビックバーンは時空の中のある時空間で起こる一つの現象にしかすぎません。つまり、ビックバーンは地球という時空上の大西洋で起きるハリケーンやインド洋で起きるサイクロン、太平洋で起きる台風みたいなもので、時空上のある時空間でその時空の存在状態によって起こる爆発、まあ、いわば台風のようなものです。それが時空から見た私の想像仮説です。ただ、それが正しいかどうかを実証することはできませんが、超唯物論理学概論()・()ではその具体的な内容を詳しく述べていきます。
| 小波礼行 | 勝念の超唯物論理学(概論) | 22:10 | - | - |
超唯物論理学概論()・・序論1
 序論1
 (超唯物論理学とは何か)

  時空とは何か宇宙とは何か、
 現代物理学には解っていないことがたくさんあります。例えば、物理学では重力や、重力場、重力波、万有引力の法則などの言葉が使われていますが、重力は何か、重力が何故質量に存在するのかは解っていません。また、現在は電化の時代ですが、その基本である電荷とは何か、何故粒子(質量)が電荷を持つのかは解っていません。さらに、最近注目されているのがアインシュタインの提出したビックバーンの宇宙生成理論です。何故かというと、それは現在宇宙ロケットによって宇宙を知る機会ができたからです。ただ、アインシュタインの生成理論は無から有が生まれたという矛盾を抱えています。それを補う理論として、現在ではインフレーション理論によって説明されています。そのインフレーション理論によれば、次のように説明されています。「常識的には無というと何もない状態ですが、物理学的には無は時空に「ゆらぎ」のある状態のことをいいます。この「ゆらぎ」は、素粒子の生成と消滅が繰り返されることにより起きていて、物理的には消すことができません。言い変えれば、無と有の間をゆらいでいる状態ということです。その状態から「トンネル効果」で、突然パッと宇宙が生れたと考えられています」。しかし、これおかしいですよねえー。何故かというと。無という言葉が二つの概念で用いられています。つまり、常識的には無は何も存在しない状態であるが、物理学的には無は「物」が存在しない状態だと言っているだけに過ぎないわけです。つまり、物理学的には無は有だと言っているのです。現代物理学にはそのような言葉がたくさんあります。時空とエネルギーの区別のつかない真空の世界とか、真空のエネルギーとか、空間がよじれるとか振動するとか、ブラックホール(正体不明の穴)やダークマター(闇に隠されている物質)などもその一つです。でもそれは仕方のないことです。物理学は基本的には唯物論です。それを支えているのは難しい数学ですが、その数学も物の変化に関する計算です。しかし、時空は物ではありません。物ではない時空が物の変化によって解く物理学で解けるはずがないのです。それを解こうとするのが超唯物論理学です。そんなことできるのか。できるのです。ニュートンに学べばいいのです。ニュートンは万有引力の法則を発見しました。しかし、ニュートンは物理学や難しい数学によって万有引力の法則を発見したわけではありません。物理学の理論は基本的には原因となる法則によって結果を説明する理論です。しかし、ニュートンはそんなことはしていません。木からリンゴが落ちるという結果から原因の法則を見出しただけです。つまり、原因の法則が解らなければ結果から原因の法則を探し出せばいいだけです。発見といえば大変なことのようですが、簡単に言えば単なる思い付きです。時空の問題も同じです。時空に起こる法則によって結果が起こっているのなら結果からその法則を見つけ出せばいいだけです。ニュートンは木からリンゴの落ちるのを見て万有引力の法則を発見しましたが、簡単に言うと主語を入れ替えただけです。つまり、リンゴが木から落ちるのではなくリンゴが木から落とされたと解釈しただけです。時空の問題も同じように考えればいいのです。たとえば、密度の高い空間から密度の低い空間へ物は移動します。これは空気でも塩水でもエネルギーでも同じです。しかし、リンゴと同じように空気も塩分もエネルギーも自ら動く運動能力は持っていません。つまり、空気も塩分もエネルギーも動いたのではなく動かされたのです。何によってか。それは時空の存在性によってです。その存在性とは何か。それは異なる時空間はその存在性を等しくする性質を持っているということです。そう考えれば物理学で説明しきれない問題はすべて解けます。簡単に言うと以下の通りです。
 無限の時空は無限の時空間に別けられます。その時空間には存在性を等しくしようとする性質がある。その結果、お互いに引き合う性質がある。この性質が時空の持つ引力場です。この引力場はエネルギーではなく単なる存在です。ただ、異なる時空間の存在性が異なった時に引力を生み出します。つまり、異なる時空間に存在する質量やエネルギーに差が生じた時それを等しくしようとしてお互いに引き合い引力を生じます。しかし、時空は移動できません。そのため、時空間に存在する質量やエネルギーを移動させて存在性を等しくするのです。その結果、質量は一定の方向性を持った運動エネルギーを持ことになります。また、質量が移動し始めるとぶつかるものが出てきます。質量がぶつかると質量の運動の方向性はいろいろな方向に変化します。すると、ぶつかるものがますます増加します。一方で、質量がぶつかると質量の持っていた運動エネルギーの一部は熱エネルギーになり質量に残ります。また、一部は質量を回転させる運動エネルギーになり質量を回転させます。更に、一部は質量の一部を切り離すエネルギーとして働くため質量の一部を元の質量から切り離します。すると、質量時空間の引力場も切り離されます。結果、元の質量の引力場に変化(電荷に変化)が起こります、また、切り離された質量の引力場(電荷)もその変化分だけ反対側に変化します。そして、互いに引き合うが、切り離された質量には外に飛び出す運動エネルギーが存在するため、元の質量の周りを回転することになります。つまり、ぶつかった後の引力場の安定しない質量が陽子であり、切り離された質量が電子であり、ぶつかる前の引力場の安定した元の質量が中性子です。電荷とは質量時空間の引力場(電荷)がむりやり切り離されたことによって起こる現象、つまり、質量内時空間の等しくなろうとする性質(引力場)が変化したものが人間の認識している電荷なのです。なお、引力場は重力場ではありません。重力は引力場の質量時空間に差ができた時に生じたエネルギーによって起こる機能です。
この解釈が正しいか正しくないかは別として、そう考えれば物理学で解けていない問題はすべて解ける筈です。このような考え方が超唯物論理学です。なお、超唯物論理学概論()以降にはその具体論とその具体的現象および物理学の解けていない問題の具体的説明を記していきます。その説明は幼稚なものですが。

 追記
 時空間や宇宙で起こっていることは時空の一部で起こっていることです。しかし、時空などというものは永遠に見ることはできないし、その存在性も永遠に知ることはできないでしょう。しかし、その存在性が説明もしくは定義されていない状態で、時空がねじれるとか振動しているとか言っても、その理由を説明することはできない筈です。それならば、その存在性をいったん定義し、その定義した存在性によって現実の世界を説明し、それで説明できればその定義は正しい可能性があります。ただし実証することはできません。逆に矛盾すれば定義が間違っているのです。矛盾は私に見つけられなくても賢い人がたくさんいます。その人たちが矛盾を指摘するでしょう。そして相手にされないでしょう。それでいいのです。その時は、また新しい定義を思考すればいいのです。でも、本当のことを知るにはそれしかないのです。どんな賢い人にも時空の存在性を見ることはできないでしょう。無鉄砲ですが、下手な鉄砲数打ちゃ当たるといいます。その内どこかの誰かが偶然当たればいいのです。それで真実を知る可能性があるなら、それが私の流儀です。まあ、ここに書く長々とした論文はすぐに否定されるでしょうけれど。時空なんて人間にとって永遠の幽霊のようなものなのです。ただ、超唯物論理学は哲学や宗教ではありません。想像に基づく老人の幼稚な理論思考、知的遊戯です。



| 小波礼行 | 勝念の超唯物論理学(概論) | 02:14 | - | - |


 SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
PROFILE
OTHERS