2018.11.29 Thursday
邪馬台国問題に関する日本古代史総概念論(��)
邪馬台国問題に関する日本古代史総概念論(��)
日本人の起源と日本語の起源(1) イ音系言語とエ音系言語・甲類仮名文字と乙類仮名文字 初めに 本稿では今まで古代史であまり対象にされていなかった渡来人の発音言語イ音系言語とエ音系言語の問題を加えて述べていきます。何故このようなことを加えるかというと、現在でもこのイ音系言語の痕跡とエ音系言語の痕跡が残っていて、イ音系言語が縄文人の言語でエ音系言語が弥生人の言語であった可能性が高いことと、それが日本人の起源や邪馬台国問題と関係しているからです。まずはイ音系言語の痕跡とエ音系言語の痕跡がどのようなもので何故そのような形で残っていて、それがどのような価値を意味するのかから本稿は書き始めます。ただしそれは単なるある事象とある事象の相対的関係になっています。 イ音系言語の痕跡とエ音系言語の痕跡 本稿で言うイ音系言語とはエ音やオ音を持たない言語です。そして、エ音系言語とはエ音やオ音を持つ言語です。言語とは単純に言えば、単語、その発音、そしてその語順から成り立っています。その内日本語では最も古い時代から現在に至るまで語順の変化は無かったようです。単語については原語、方言、外来語などいろいろありますが、それらは互いに併存します。ただ発音については共音化しますが、完全には共音化しません。それはそれぞれの集団によってもともとの発音の癖が残るからです。例えば英語の単語を日本語に取り入れた場合英語の発音とまったく同じものにはなりません。また、日本人が英語を話した場合、英国人とまったく同じ発音にはなりません。どこかに日本語の発音の癖が残ります。その痕跡は生物学におけるDNAや血液型のようなものでそれは人によってではなく社会集団によって遺伝していきます。ただ、DNAや血液型は生物の形質学的遺伝ですが、言語の発音は集団における文化的遺伝で、その集団における大衆が話す言語で伝わっていきます。その伝わり方はやはり生物学の遺伝と同じで、優性遺伝と劣性遺伝のような形で伝わる場合があります。その具体例を上げつつ日本人の発音分類を述べていきます。ただ、現在社会においてエ音を全くもたない民族はほとんどないでしょう。ただ、その痕跡は残ります。また特殊な例としてエ音やオ音を持たない言語の痕跡が残っている例外があります。その例外が沖縄の与那国方言の発音(古代琉球語)です。もともと、与那国方言から、宮古・八重山、沖縄、奄美方言の母音にはエ(e)音とオ(o)音がありません。しかし、次のように記すと少し印象が異なります。(なお、本稿の説明は私の検討結果の知見を用いて説明しますが、その知見は本論文の説明から導かれるものなので、説明上本来とは順番が逆になっています。その点はご了承ください。) 日本語 奄美方言 沖縄方言 日本語 宮古・八重山 与那国方言 え(母音) ï i e i i あい ëː eː eː ai aï、ai ai あえ ëː eː eː ae ai ai これによると、母音を見る限り日本語は相対的にエ音系言語であり、母音にエ音を持たない奄美方言から沖縄・与那国方言に至るまでイ音系言語です。しかし、アイやアエの発音を見ると宮古・与那国がイ音系言語で奄美・沖縄がエ音系言語で、日本語はその中間言語でむしろ奄美・沖縄より宮古・与那国に近い言語になっています。何故このようなことになるのか。それは一つには比較した言語の時代の違いです。二つめには伝わった世界の母集団の違いです。三つめには伝わった時代の違いです。四つめにはその伝わり方の違いです。その違いを簡単に言うと、第一は、日本語は現在の言語ですが与那国方言は古代琉球語で古代の言語です。第二は、日本列島は広く人口も多いのですが、琉球列島はそれに比較すると非常に狭く人口は相対的に更に少ないことです。第三は日本列島にエ音系言語が伝わったのは縄文後期で、琉球列島に伝わったのは大和王朝成立以降だと思われます。第四は日本列島に伝わったのは人の移住によって伝わりその人は集団として定住したのに対し、琉球列島に伝わったのは政治的に伝わり、伝えた人は集団として一時的に滞在しただけだからだと思われます。つまり具体的に言うと、日本列島にエ音系の言語を伝えた倭人(エ音系言語を持つ朝鮮人とイ音系言語を持つ縄文系人種の混血人種)で、その人たちはさらに筑紫地方の縄文人と混血し、大半は出雲から畿内へと混血しつつ進出し次第にエ音系言語を広めていった。ただ畿内より遠方へもエ音系言語は伝わったものの人数的にはエ音系言語を話す人の人数がイ音系言語を話す人に対し相対的に少なかったためイ音系言語の痕跡が太平洋側に残っています。その痕跡の具体的内容は後述します。一方、琉球諸島へのエ音系言語は北九州から中・南部九州を経て薩摩から奄美・沖縄方面へ伝わったと思われますが、伝わったのは九州の隼人が大和王朝に服した後ですから早くても応神朝以降だと思われます。その伝わり方も中・南部九州や琉球列島は稲作に向きませんから、稲作文化を持った倭人集団は中部九州へさえほとんど移住しなかったものと思われます。そして、それは大和王朝の政治目的のために平定という形で行われ、遠方である宮古・与那国には全く伝わらず、奄美・沖縄の母音にもならず、ただ単にai がeと発音される程度に留まったのだと思われます。それは中部九州でも同じで、日本書紀に「値嘉郷(九州の五島列島)には土蜘蛛居む。此の嶋の白水郎は、其の言語は俗人（倭人?）に異なる。」とあるのはそのことを指していると思われます。その痕跡が現在も残っております。もともと日本に倭人がいたのは筑前の博多あたりまでです。それに対し値嘉郷(九州の五島列島)は肥前に属します。筑前の言語(博多弁)と肥後の言語(熊本弁)を比較しますと次のような違いがあります。 博多弁、こげんこと kogenkoto、 エ音系言語、 熊本弁、こぎゃんこと kogiankoto イ音系言語の痕跡が残った言語 このような違いは日本の多くの場所で見られます。例えば、関西弁の一部で使われるエ音系言語と他の地域で使われるイ音系言語の痕跡が残った言語を比較すると次のようになります。 関西弁、 おめえさん 名古屋弁 おみゃーさん 関西弁 そうやねー、こわいけ〜、うめけ〜 三重亀山 そうやにー 高知弁 こわいき〜 熊本弁 うまか〜 関西弁 けだるい 関東弁 かったるい 関西語 け・の (毛・野) 関東 かい・の(甲斐・野) 関西弁 かえる(帰る、蛙)、 関東弁古語 かい(ひ)る 関西弁 おれ(俺) 東北弁 おら。なお肥後の五木の子守唄、高知のよさこい節も「おら」。 関西語 えち、えひめ (愛知川、愛媛) 名古屋 あいち (愛知県) 関西語 えみし (蝦夷、アイヌ人、もしくはアイヌ人と和人の混血) アイヌ語 アイヌ (人間・アイヌ人) また、こんな以外な例もあります。 平安時代 けふ (今日) 現在 きょう (今日) なぜこれが以外なのかというと、後述の通り、イ音系言語は縄文時代の言語です。それに対しエ音系言語は弥生時代以降の言語です。そして、現在の今日(きょう)は平安時代には実際に(けふ)と発音されていたとされるのが定説です。そうすると現在の人間は平安時代の言語より縄文時代に近い言語を話しているとなってしまうからです。しかし、これは定説の根拠となっている文献に原因があります。つまり、当時(平安時代)の日本人は今日を(けふ)と言っていたのではなく、特定の人が言っていただけです。それは京都も同じで日本人が(けふ)と言っていたわけではありません。おそらく今日(きゃう)・京都(きゃうと)と言っていたはずです。平安時代の文献はほとんど宮廷人(男性貴族や官人)が書いたものです。大衆言語ではないのです。つまり、少数言語です。少数言語の発音はいずれ大衆言語の発音に埋没してしまうものなのですが、記録上は宮廷言語(少数言)だけが残ってしまているのです。例えば旧仮名遣いは相対的にエ音系言語、新仮名遣いは相対的にイ音系言語、つまり現代人は平安時代の宮廷人より相対的に縄文言語に近いものを話しているのです。それはさて置き、このエ音系言語の発音とイ音系言語の発音の痕跡が民族や人種とどのような関係にあるのか、その一例をまず取り上げてみます。 日本人の血液型分布とイ音系言語、エ音系言語。 最近は日本人の起源についてＤＮＡ解析によるパブロン分布(父系のＹ染色体の分布)とミトコンドリア分布(母系のＸ染色体分布)の研究が中心のようですが、それ以前は血液型分布の分析が主流でした。というよりＤＮＡ鑑定など出来なかったからです。ただこれらの手法は厄介な問題を抱えています。一つはその母集団の設定です。二つめにはサンプリングの問題です。例えば、血液型の分布の場合都道府県分布などのデーターは公表されていますがそれが民族の統計分析に適切な母集団とは考えられません。例えば一つの都道府県に二つ以上の民族母集団が存在していれば平均化されその母集団の特徴は消えてしまいます。その結果、分布に大きな差はなくなってしまいます。また、血液型は父系母系同等に遺伝しますが男女の出生率には大きな差があり、女性は各人ほぼ同等の子を産みますが、男性はその社会的地位によって各人の子の数は大きく異なります。更に、女性の移動範囲は狭いのですが男性は広範囲に移動します。その結果血液型の分布はどうしても男性分のウエイトが高く広範囲分布となってしまい、民族範囲としては相対的に混血が少なく行動範囲の狭い女性型分布の方が適切なのですがどうしても男性型分布が強く現れます。この問題はＤＮＡ解析によるパブロン分布の問題も同じような問題を抱えています。それは父系のＹ染色体のパブロン分布は男性にのみ伝わりますが、母系のＸ染色体は女性のみならず男性の染色体の半分はＸ染色体ですからミトコンドリア分布は男性からも伝わるためです。一方言語分布についても男性主導の一般言語についてはやはり同じような傾向になります。ただ言語型分布については血液型分布やＤＮＡ型分布とは異なる二つの取り柄があります。一つには言語分布は血液型分布やＤＮＡ型分布のように個人個人に遺伝するものではなく集団に伝わるものですから母集団の範囲が何処までなのか細かい点までははっきりしませんが母集団の範囲を設定する必要がありません。また全数検査のようなものですからサンプリングの必要もありません。更にその母集団は非常に小さい地域で存在しても残っている可能性があります。また言語の伝わり方は一般言語では男性言語が中心で父系分布が強く現れますが、女性か中心で使われる言語があります。その言語の分布は女性集団の分布を表しミトコンドリア分布や血液型分布で解らない分布を示すことがあります。その代表的な言葉が女性器の呼称です。女性器の呼称といえば過去の呼称は現在では男性の猥談で用いられ男性言語のように思われていますが、古代では女性器を卑猥なものとする概念はありません。もともと神聖なものとされる概念です。例えば、縄文時代の土偶の多くはおなかの大きい女性です。そして国生み神話では日本は伊邪那岐・伊邪那美命の美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)によって生まれたとされています。この「みとのまぐはひは」は御門の目合いとされ、御門は陰部、目合いは性交とされていますが、美斗の美は伊邪那美の美、袁美那(オミナ)の美と同じで女を指す言葉で、斗は処(所)と思われ、目合いは神と巫女の間でも行われる神聖なものです。また、伊邪那美命は袁登売(オトメ)ともされていますので関西で用いられる女性器の呼称オメコはこのミト(美斗)→ミコ(女処)→メコのエ音系変化音だと思われます。それに対し関東で用いられる女性器の呼称オマンコは単にマグアウ処(目合う処)→(目ン処)→マンコとなったものか、もしくは、オミト(お美斗)→オミコ(お女処)→オミンコ→オマンコのイ音系変化音だと思われます。ただ、日本語の女性器の呼称にはこのマ行音系呼称(M型呼称)の他にハ行音系呼称(H型呼称)があります。一つは与那国方言や石垣島のイ音系のヒーという呼称です。これは奄美の名瀬地方でも用いられていますし熊本の阿蘇牛深人吉のヒーナは同系言語と思われ、静岡や岐阜のツンビーなども同系言語の可能性があります。そして今一つはアイヌ語のチョルボッケなどのH型エ音系言語です。アイヌ語ではサマンぺともいわれますがこの系統と思われるのが北海道から東北、更には山梨・長野に至るダンベ・へっぺ・ペッチョ・ベンチョなどの呼称です。もしかすると関東のオマンコもアイヌ語のサマンぺに由来するのかもしれません。これらの分布は血液型分布とよく似たところがあり、ＤＮＡのパブロン分布とも似た所があります。そして、それを大陸言語や血液型などと比較していくと日本人の起源が解るのですがそれは次稿にゆだねるとし本稿ではその前提となる、飛鳥時代以前の日本語の古代言語について述べていきます。 古事記の歌謡とイ音系言語・エ音系言語 古事記は序文にある通り、太安万侶が元明朝(奈良時代)の訓仮名と音仮名によって、稗田阿礼の誦えるところの天武朝(飛鳥時代)の勅語の先紀と旧辞の誤りを正しつつ解りやすく書き変えたものです。従って、古事記は奈良朝時代の訓仮名と音仮名を交えて書かれています。しかし、歌謡だけはすべて音仮名だけで記されています。なぜそのようなことをするかというと、歌謡は謡い(唄い)ですから抑揚が必要です。つまり歌は楽譜がないと詩だけでは歌えません。つまり、古事記の音仮名は現在の楽譜のような性格を帯びているのです。そのため古事記の音仮名は万葉仮名と異なる性格をしています。その古事記の歌謡の音仮名の特徴をあげると次のようになっています。 �� 女を表す売(メ)の音は表意音になっています。この仮名文字は古事記の本文や万葉仮名には使われていません。古事記本文や万葉仮名で用いられるメの音は賣(甲類音仮名)と女(甲類訓仮名)を使っています。従ってこの売(メ)は飛鳥時代以前に使われた古い仮名文字です。ただ古事記の歌謡では飛鳥以前の古字が用いられているかというとそうではありません。 �� 古事記序文では日下を「玖沙訶」と記し本のままに改めずとしていますが、歌謡では「久佐加(迦)」と記し「沙」も「訶」用いていません。これはおそらく沙と訶は古字で奈良時代には使われておらず特に「沙」の文字の発音は(シャ)らしく稗田阿礼には誦えることができたとしても太安万侶や奈良時代の人には読めなかったようです。なお、古音で読む祝詞などはサ行音を「シャ、シィ、シュ、シェ、ショ」で発音します。これは甲類の音のようです。 �� 古事記の歌謡の「シタ」は「志多」と「斯多」は使い分けられています。「志多」は現在の「下、橋、櫛、岸」などと同じ音で甲類の音、「斯多」は「舌、箸、島、式」などと同じで乙類の音のようです。古事記の歌謡や万葉仮名のア行音とウ行音には甲類乙類の区別はありませんが古事記歌謡では区別があるようで、また、万葉仮名のイ行音にはキ(岐・気)とヒ(比・肥)とミ(弥・微)にしか甲類乙類の区別がありませんが、古事記の歌謡ではもっと多くのイ行音には区別があるようで、古い日本の古音にはすべての音に甲類乙類の区別があったと思われますが、現在でも下と舌は発音が違いますが仮名文字で書くとともに「した」です。ただ甲類の音と乙類の音の違いは子音や母音に違いがあるのではなく同じ音を中・後舌音で話すか、中・上舌音で話すかの違いで、これは表意音で話す赤ちゃんや幼児の発音と表音に近い音で話す大人の発音との違いのようなもので古いものほど表意音に近く時代が進むほど表音に近くなっています。これは文化の進化論上言語に必然的に起こる変化なのです。詳しくは別途文化の進化論で述べます。なお、古事記歌謡の仮名文字はすべて一文字一音になっているようですが太安万侶は古代音に対し不完全に対応しており混乱も生じています。 古事記歌謡の想定仮名文字分類 以下に記す仮名文字分類は私の発音から想定して分類しています。ただ私は言語学の専門家でもなければ音声学の専門家でもありません。まして、私の発音などあてになりませんから正しいかも問題ですからあくまで参考モデルに過ぎません。ただ、私にはできませんが、古事記歌謡を百人一首の読み手や祝詞の読み手などに読んでもらいコンピューターによる音声分析をすれば正しいものができるはずです。 古事記仮名文字分類表試案サンプル(濁音含む・太字) あ行 い・ゐ行 う行 え・ゑ行 お・を行 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 ア行 阿 伊 宇 畳 淤 カ行 加迦賀 可何 岐伎芸 紀疑貴 久玖具 祁牙 気宜 古胡 許碁 サ行 佐邪 奢 志遅土 斯 須受 勢 世是 蘇存 曾叙 タ行 他陀 多 知治 都豆 弖 斗刀度 登等杼 ナ行 那 爾邇 奴 泥 怒 能 ハ行 波婆 比毘 肥斐備 布夫 弊辨 閇部 富煩 本菩 マ行 麻摩 美弥 微 牟 売 米 毛 母 ヤ行 夜 由 延 用 余与 ラ行 羅 良 理 留 流 礼 路漏 呂慮 ワ行 和 韋 恵 意 袁遠 なぜこのようなことをするかというと縄文時代の言語を復元するためです。そして、それを復元できれば縄文人がどのような歴史を持ち何時頃何処から来たかもおおよそ解かるからです。なおこの中に一音二字のものがありますが、おそらく古い仮名文字と新しい仮名文字が混在したのだと思います。例えば加と迦、岐と伎、久と玖、爾と邇などはほとんど同じものです。また、美と弥、肥と斐などはおそらく弥が美か微か、斐が比か肥か区別しかねたために原文字を用いたのではないかと思われます。ただ古事記の歌謡の仮名文字は基本的に一音一文字になっていると思われます。それは一人の人間が同じ音に二つの仮名文字を使うことは考えられないからです。なお、この分類から推察すると古代日本語にはエ・ヱ(ゑ)行音やオ・ヲ行音、ヤ行音・ラ行音・ワ行音はなかったと思われます。そのことを本稿ではエ音行を中心に述べていきます。 古事記歌謡仮名文字の句頭文字出現頻度(パーセント) あ行 い・ゐ行 う行 え・ゑ行 お・を行 計 ア行 9.2 8.2 4.1 0 1.9 23.4 カ行 6.4 1.7 2.4 0.2 4.7 15.4 サ行 3.3 5.0 1.3 0 2.4 12.0 タ行 4.9 0.5 2.5 0.2 0.2 8.3 ナ行 3.2 0.9 0.7 0.6 0.5 5.9 ハ行 3.2 3.6 0.7 0.2 1.1 8.8 マ行 2.7 3.3 0.6 0.2 1.4 8.2 ヤ行 3.8 0.3 0.8 0.3 4.0 9.2 ラ行 0 0 0 0 0 0 ワ行 5.0 0 0 0.2 1.9 7.1 計 41.7 23.5 13.1 1.9 18.1 98.3 エオヲ修正41.7 25.4 31.2 0 0 98.3 ヤ音行修正37.9 34.0 26.4 0 0 98.3 エオヲ修正とはエ音がイ音からオヲ音がau音から成立したと考えた場合を示す修正値、ヤ音行修正とはヤ行音がイ行音の変化したものと考えた場合の修正値です。 日本の上古音とイ音系言語・エ音系言語 上表からまず目につくことはラ行音が全くないことです。このことについては橋本進一氏がすでに「古い日本語の語頭にはラ行で始まる語がなく、もともと日本語にはラ行音はなかった」と述べられています。ただここで問題にするのは他に比べて極端に少ないエ行音の問題です。まずこの問題で気付くのはエ音行が極端に少ないこととア行音(母音行、横行)にエ音がないことです。つまり、母音がないのにエ行音(縦行)が存在する筈がないのです。勿論万葉仮名ではア行音(横行、母音行)のエ音(愛、哀、衣、依)はありますが古事記の歌謡ではいっさい使われていません。また現在使われているエ行音は古音ではイ行音で発音されていたものが多いようです。例えば、「かげろ い」の古音は「かぎろい」、帰る「かえ〈へ〉る」の古音は「かい〈ひ〉る」、囀る「さえ〈へ〉ずる」の古音は「さい〈ひ〉ずる」です。 では古事記の歌謡約五千文字中でエ行音の仮名はどのように使われているか。それを動詞の活用形・助動詞・助詞のグループと、その他グループに分類してみました。その他に分類したのは私の知識レベルでは判断しかねたためです。そこでその他に分類した文字を私なりに解釈していきます。なお、分類したカッコ内数字は古事記歌謡の中に使われている文字数でカッコが無いのは一度だけのものです。なお目算なので拾い漏れや拾い間違いがあるかもしれません。また、私の知識では文法の誤解釈もあるかもしれません。 古事記歌謡エ行音仮名文字使用例分類試案サンプル(濁音除く) 列行 古事記 活用型 その他・内訳 歌謡仮名文字 助・助動詞 ア行(エ) 畳 (0) (2)・ ええ(畳畳・志夜胡志夜)。 この畳畳(エエ)は感動詞で母音行にありますけれど母音ではありません。それに続く志夜胡志夜(シヤゴシヤ)ははやし言葉で、畳畳(エエ)が母音として用いられていないことを示しています。つまり古事記の歌謡ではエ行音に母音がないのです。今一つ古事記の母音行(ア行)には乙類の仮名文字がありません。これはナ行音も同じでオ・ヲ行音以外乙類の仮名文字がありません。それに対しウ行音の乙類の仮名文字は古代日本語になかったはずのラ行音にしかありません。また、おそらく古代日本語にはなかったと思われるワ行音とヤ行音も含め甲類のイ行音とエ行音が有りません。これはア行音の言語甲類の言語で、ラ行音の言語が乙類の言語であることを示しています。それを解りやすく記すと次の通りです(濁音除く)。 あ行 い・ゐ行 う行 え・ゑ行 お・を行 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 ア行 阿 伊ii 宇uu 畳 淤 ナ行 那 爾邇 奴 泥 怒 能 タ行 他陀 多 知治 都豆 弖 斗刀度 登等杼 ハ行 波婆 比毘 肥斐備 布夫 弊辨 閇部 富煩 本菩 カ行 加迦賀 可何 岐伎芸 紀疑貴 久玖具 祁牙 気宜 古胡 許碁 サ行 佐邪 奢 志遅土 斯治 須受 勢 世是 蘇存 曾叙 ワ行 和 韋 uu 恵 袁遠 ヤ行 夜 ii 由 延 用意 余与 ラ行 羅 良 理 留 流 礼 路漏 呂慮 このことは古代日本語には乙類の発音はなく、乙類の言語が農耕文化のなかった縄文時代から農耕時代の弥生時代を経て奈良時代に至る途中に渡来して日本語の発音が変化していったことを示しています。そして、それは定住・採取・農耕言語の進化論と移動・遊牧・狩猟言語の進化論とも一致しています。そのことは次稿以降で詳しく述べていきます。なお、そのために古事記の歌謡約五千文字中でエ行音の仮名文字がどのように使われているかを続け記していきます。 カ行(ケ) 気(乙類) (13) (9)・ 竹(3)、別(2)、健、嶽、高、池。 これらのその他の文字は名詞のようですが、その語源は、別ケル・健ケル・高ケル・井ケル(池る)という動詞の已然形のケの部分のみを名詞的に記したもので語頭には立ちません。また万葉仮名では気は乙類の仮名文字のケですが乙類音仮名文字のキにも用いられており、古音は別キル・健キル・高キル・井キルだったと思われ気(ケ)は岐(キ→気・ケ)の変化音だと思われます。 カ行(ケ) 祁(甲類) (23) (5)・ 衣(2)、著(2)、鶏(カケ)。 この祁も万葉仮名では甲類音仮名なのケですが甲類音仮名のキにも用いられています。おそらくこの祁(ケ)も紀(キ→祁・ケ)の変化音だと思われます。現に衣せる(ケセル)は(キセル)ですし、著せる(ケセル)は(ハケセル)→(ハキセル)です。鶏(カケ)ははっきりしませんがカケスという鳥もおり鳴き声から来ていると思われますが、鳴き声などは聞く側の発生音で聞いてしまいます。たとえば現在日本語では鶏の鳴き声はコケ・コッコゥですが古代人はカケ・カッカゥと聞こえていたのだと思われます。つまり現在音と古代音は異なり古代音にオ・ヲの音があったかどうか問題になります。なお、鶏の鳴き声は世界中いろいろでヨーロッパ・アメリカではクッが多くクィ・コッ・キッなどがありますがおそらくこれらは上・中舌音で、現在の日本語に近いのは中国語のコーコーケー、ハングル語のコッキョクウクウコーコですがこれらはおそらく中・下舌音でしょう。 サ行(セ) 世(乙類) (6) (1)・ 瀬 勢(甲類) (17) (10)・ 瀬(4)、あせを(3)、あがせ、伊勢、せなわ サ行音のセの音(世・勢)は万葉仮名には甲類乙類の区別はありません。古事記歌謡でも世(セ)と勢(セ)は共に瀬に当てられています。ただ古事記歌謡で世と勢の仮名文字が用いられているのは稗田阿礼が誦える音に違いがあったからだと思われます。現に現在でも世界の世(セ)は下舌音(後舌音)ですし勢力の勢(セ)は中舌音です。ところで瀬は現在では名詞ですし、「瀬をはやみ(百人一首・崇徳院)」などとあるように奈良・平安時代でも名詞ですが、ただ、もともとは形容詞・早し(終止形・ハヤシ)の已然形・早せ(ハヤセ→早瀬)だと思われます。また、せなわ(セナワ)も動詞・する(スル)の変化音スナハ→シナハの已然形・セナハ→セナワだと思われ、瀬やせなわの勢(セ)の原音はスもしくはシです。あせを(阿勢袁)、あがせ(阿賀勢)も阿を主語(女性)の吾とみなせば、勢は男性(同母の兄弟はイロセ、姉妹はイロモ)として、あがせ(阿賀勢)は「吾が兄」、あせ(阿勢)は「吾兄」となります。伊勢についても「伊呂勢（＝弟）」が語源だと言う説もありますが、伊勢の勢(セ)はおそらく摂津(背の津)や背振山(背の邑の山)の背(セ)と同じで大和から見て山の背の処で語源はココ・ソコ・アソコのソやウチ(内)・ソト(外)のソと同じで山の向こう、大和(山処)の背の処ではないかと思われます。そして、あせを(阿勢袁)、あがせ(阿賀勢)の勢も同じ語源だと思われます。つまり、コナタ、セナタ、ソナタ、アナタで、コ(自・己)に近い人、近しい人(チカシイ)のシが原音である可能性があります。なお、伊勢(イセ)と石(イシ)の関係は伊勢(イセ)もと伊都(イト)と云うとあり、石(イシ)、石上(イソ・カミ)、磯(イソ)、伊都(イト)、伊勢(イセ)の関係が考えられます。 タ行(テ) 弖(甲類) (44) (6)・ 手(3)、照(2)、鐸(ヌテ)。 ナ行(ネ) 泥(甲類) (10) (34)・ 寝(13)、根(9)、つきねふ(4)、胸(2)、料(2)、音、船、宿禰、あひね。 この二行音にはオ・ヲ行とタ行音の多(タ)を除いて乙類の仮名文字がないことはすでに記した通りですが、この二行音には他にも似た所があります。それは他の行音のその他に分類したエ行音の仮名文字にはイ行音の変化音ではないかと思われる節があるのにこの二行音の仮名文字にはその傾向が見られないことです。その代わりにイ行音から成立したと思われるヤ行音と関係があるようなのです。例えばタ行音の鐸(ヌデ)はヤ行音の鵼(ヌエ)やぬえ草と類似言語と思われますが、ナ行音の根(ネ)も木の根という意味ではヤ行音の木の枝(ェ)と同じ幹に対する方位言語です。更に、ナ行音の寝(ネ)の基本形(終止形)は寝(ヌ)るで「ネる」のネは「ヌる」の未然形・連用形などの動詞の活用形です。古事記歌謡の弖(テ)もほとんどが「○○して」などの動詞の「する」の連用形の「し」に附く助詞の「て」で、体現的な語に接続し代名詞として格助詞的に用いられます。従って古事記歌謡の「痛手負わず(伊多弖淤波受)」の弖(手・デ)は「いた泣かば(伊多那加婆)」の婆(バ)と同じで、助動詞の「ず」と結びついて「して・・ず」として接続助詞的に用いられそれが代名詞(この場合は傷の代名詞)的に活用されたもので弖(デ)は手を指すものではなく、むしろこの活用性が手の語源になったと思われます。これは現代語でも手は物事の起こった時に起こったことの代名詞に頻繁に使われております。なおこのような言語研究は確証性がなくきりがありませんので記しませんが、根(泥・ネ)も同じような用法の方位言語で、胸、料、音、船、宿禰の泥(ネ)も根元を表す方位言語から来ています。このような言語は用法が限定的で名詞や動詞に変化している場合も汎用性がなく特殊言語に限定されているようです。なお、寝し(泥斯・ネシ)は、寝をし(伊遠斯・イヲシ)、寝せ(那世・ナセ)、寝は寝さむ(伊波那佐牟・イハナサム)、い寝し(伊那斯・イナシ)とも記されそれらは終止形の、い寝る(伊奴留・イヌル)の未然形(イナ・ず)、連用形(イネ・たり)で活用語から派生したものと思われます。なお、寝るは起きるの反対語で方向性もあります。 ハ行(へ) 閇(乙類) (11) (2)・ 白栲、新嘗 弊(甲類) (4) (17)・ 重(5)、方(4)、前(4)、家(4)。 ハ行音の弊(ヘ)も方向性を表す助詞の「へ」が語源で、方や前はもちろん、家も居る方の所が語源と思われます。また、重は三重(美弊・ミヘ)八重(夜弊・ヤヘ)とあり三と八の間には数の方向性があります。新嘗(爾比那閇・ニヒナヘ)、白栲(斯漏多閇・シロタヘ)の閇(ヘ)は嘗へる(ナヘル・食すること)、白平る(シロタヘル・白はかじの木などの白い木の皮の繊維で、平らな布にすること)で共に動詞の已然形の「ヘ」です。嘗へる(ナヘル)、平る(タヘル)の古音は嘗ひる(ナヒル)、平る(タヒル)です。 マ行(メ) 米(乙類) (10) (19)・ 天(5)、目(5)、雨(2)、久米(4)、芽、雀、胡鷰子 天(阿米・アメ)は古事記歌謡では天(阿麻・アマ)と記される例が三例あります。また、万葉集には「目(麻・マ)なかひ」などの例があり、雨(アマ)だれという発音もあります。なお、沖縄方言では雨（アメ）などはアミです。また 目の五例は置目(意岐米・オキメ)が三例、利目(斗米・トメ)が二例ですが、この置目の語源は本文に老媼が「その失わず見置きを誉めて置目老媼と號けた」とあり、置目(意岐米・オキメ)の語源は見置(美意岐・ミオキ)です。また、利目(斗目)ですが、これは久米や芽・胡鷰子と共に久米歌に出てきます。これら等の歌の前後にはナ行音の根(泥・ネ)やヤ行音の枝(延・ェ)・兄(延・ェ)に関するものも含まれています。また雀(須受米・スズメ)の米(メ)は同じマ行音の売(メ)とも関係していますので合わせ記します。なおそれらはラ行音やワ行音も含めて古代日本語にエ音やオ音、またヤ行音があったのか無かったのか、またもし無かったとすれば古代日本語から内在的に生じたものか外来的に生じたものかが問題になります。更にそれは縄文語と弥生語の違いにどう関係するのか、また母音にエ音を持たない古代琉球言語の奄美方言や八重山方言や与那国方言が日本語音アエを(ae)をアイ(ai )、アオ(ao)をアウ(au)と発音するのとどう関係しているのかも問題になります。その詳しいことは次稿で記すとしてここではその元資料として更に記していきます。 マ行(メ) 売(甲類) (1) (23)・ 媛女(15)、女(8)、 このマ行音の売(メ)は古事記歌謡のエ行音の仮名文字の中で特殊なものです。それは他の仮名文字は多くが動詞の活用形・助動詞・助詞に使われているのに対しそれらしい例が一例しかありません。それは次のもの(歌の一部)です。 大峽にし なかさだめる(那加佐陀売流・ナカサダメル) 思ひ妻あはれ この歌の意味は未詳とされていますが、おそらく、なかさだめる(那加佐陀売流・ナカサダメル)は(別れの)仲を定める(佐陀売流・サダメル)で運命(さだめ)的な別れを悲しんだ歌と思われます。(佐陀売流・サダメル)は動詞「定む」の連用形と考えられます。ただそれ以外のすべて女(売・メ)で女性を指す言葉以外には用いられません。これは古事記歌謡の仮名文字でも特殊な例です。ただ古代日本語の女性を指す言葉は美(ミ)です。たとえば、男神(伊邪那岐・イサナキ)女神(伊邪那美・イサナミ)、男(袁岐那・オキナ) 女(袁美那・オミナ)です。古事記歌謡でも女性を(袁美那・オミナ)とも記しています。つまり、売(メ)音は美(ミ)音の変化音と考えられます。ただし、古事記歌謡では女(美・ミ)と女(売・メ)には意味の違いがあります。女(美・ミ)は老婆も含みますが女(売・メ)は老婆を含みません。また古代日本語には女(袁美那・オミナ)はあっても女(袁売那・オメナ)はありません。女(美・ミ)は一般的に女性を表す言語で女(売・メ)は性別を表す言語なのです。だから古事記歌謡では売(メ)の仮名文字は女を表す以外用いられないのです。そして日本語では性別を表す場合男性を表す場合いイ行音はオ行音に、女性を表す場合いイ行音はエ行音に変化します。その具体例は日子(比古・ヒコ)日売(比売・ヒメ)、息子(牟須古・ムスコ)娘(牟須売・ムスメ)、雄(意須・オス)雌(売須・メス)などです。なぜこれが重要かというと、女性を売(メ)音・美(ミ)音で表す言語は日本列島以外にはないようです。従って、美(ミ)音から売(メ)音への変化は外来的変化ではなく古代日本語の内在的変化と考えるのが常識ですが、その変化美(ミ)音から売(メ)音への変化は美(ミ)音→売(メ)音のような変化ではなく次の様な変化を示しているからです。 甲類・美(ミ)→乙類・微(ミ)→乙類・米(メ)→甲類・売(メ) つまり、甲類・美(ミ) から甲類・売(メ)の変化には乙類・微(ミ)と・米(メ)が関与しているのです。従って、日本語の音韻変化はもともとあった甲類の音に後から乙類の音が加わった、つまり外来音変化だと考えられるからです。これと関連するのが古事記歌謡に記された雀(須受米・スズメ)です。この古事記歌謡では雀(須受米)のメは甲類の売(メ)ではなく乙類の 米(メ)です。雀の古称はスズミ(和名抄・悦哉の別名)です。そしてそれと対応しているのが鷦鷯(佐邪岐。サザキ)です。この鷦鷯(佐邪岐。サザキ)は大雀(意富佐邪岐・オオサザキ)とも書かれています。つまり、鷦鷯(佐邪岐。サザキ)とスズミ(須受美)は男(袁岐那・オキナ) 女(袁美那・オミナ)と対応しているのです。スズミ(須受美)のスズは篠(スズ)のことで竹の小さく細いもので笹(ササ)竹のことでスズミ(須受美)は小さい(佐佐・ササ)鳥での別名です。そして鷦鷯(佐邪岐。サザキ)の別名が大雀(意富佐邪岐・オオサザキ)です。雀(須受米・スズメ)と同じメのつく名前の鳥は燕(ツバメ)鴎(カモメ)鶫(ツグミ)などですが首を縮め下向きに前を見尾は下げる鳥で女性的な鳥、鷦鷯(サザキ・ミソサザイ)鴫(シギ)鷺(サギ)などは首を伸ばして頭を上げて上向きに前を見る男性的な鳥です。そしてその中間にいるのが雀のようで上を向く鳥それが雲雀(比婆理・ヒバリ)です。ちなみに葬送儀礼では雀(スズメ)は碓女(ウスメ・米つき女)、雉(名は鳴女・名はナキメ)は哭女、翠(カワセミ)は御食人(供える御饌を作る女)とし、河雁は岐佐理持(キサリモチ・死者の食物を頭にのせて運ぶ女)とあり、ここまでが女性の役割で、鷺(サギ)は埽持(ホホキモチ)とするとしています。(神代記)。このことから(須受米・スズメ)の米(メ)は女性名詞を表す接尾語(補助助詞)、(佐邪岐。サザキ)の岐(キ)は男性名詞を表す接尾語と考えられます。そうしてこの女性名詞を表す接尾語(補助助詞)の乙類の米(メ)から変化したものが成熟した女性甲類の売(メ)に変化したために売(メ)は成熟した女性以外には使われていないのではないかと思われます。なお、蛇足になりますが雀(須受米・スズメ)のスズは鈴のスズとも同語で銅文化では小銅鐸が見る銅鐸になったことと鉄文化では小銅鐸が鉄鐸になり、そして鈴に変化したことと関係しています。 次に、利目、久米、芽、胡鷰子は神武天皇の大和平定説話の歌謡に一連に出てきますがこれはナ行音やヤ行音と関係が深く、更にはラ行音やワ行音とも関係があるようで、その説話と歌謡の必要な部分を一連で記します。 ㋑、久米の子らが忍坂の土雲八十建を撃ち殺し後、歌ひけらく みつみつし 久米(久米・クメ)の子らが 粟生(阿波布・アハフ)には 韮(賀美良・カミラ)一巠(比登母登・ヒトモト) そね(曾泥。ソネ)が巠(母登・モト) そね(曾泥・ソネ)芽(米・メ)繋ぎて 撃ちて止まむ ㋺、神倭伊波禮毘古命(神武天皇)畝火白檮原宮に座しまして天の下治らしめしき。ここに七媛女、高佐土野に遊行くその中に伊須氣余里比賣ありき。大久米命その伊須氣余里比賣を見て歌をもちて天皇に白しけらく 倭(夜麻登・ヤマト)の 高佐土野を 七行く 媛女(袁登売・ヲトメ)ども 誰れ(多礼)をし枕かむ ㋩、天皇、前に立てる伊須氣余里比賣を見したまたまひて歌をもちて答えたまひしく。 かつがつも いや先立てる 兄(延・ェ)をし枕かむ ㋥、ここに大久米の命天皇の命もちて伊須氣余里比賣に詔りし時、伊須氣余理比賣 大久米命の黥利目を見て 歌ひけらく 胡鷰子鶺鴒(阿米都都・アメツツ) 千鳥ま(知杼理麻・チドリマ)鵐(斯登登・シトト) など黥ける(佐祁流)利目(斗米・トメ) ㋭、大久米命 答えて歌ひけらく 媛女(袁登売・ヲトメ)に 直に遭はむと 我が黥ける利目(斗米・トメ) この㋑〜㋭の歌謡にはマ行音の米(メ)売(メ)、ヤ行音の延(ェ)、ラ行音の礼(レ)、ナ行音の泥(ネ)がすべて出てきます。ワ行音の恵(ヱ)は出てきませんがそれに関する内容が示されています。それらを一括して記します。 ヤ行(ェ) 延(乙類) (5) (15)・ 枝(12)、兄、鵼(ヌエ)、ぬえ草 ここに記された枝、兄、鵼、ぬえ草はすべて名詞ですが、まず兄(延・ェ)は㋩の歌謡に出てくる一例だけですが、この兄は㋩の歌謡による限り前(マェ)か歳上の上(ウェ)のェです。これに関連するものとして兄媛(延比売・ェヒメ)弟媛(淤登比売・オトヒメ)・少女(袁登売・ヲトメ)の例があります。なお、古事記歌謡は一部混乱していますが意(ォ)と袁(ヲ)と淤(オ)は使い分けています。大小を表すのは意(ォ)と袁(ヲ) 、淤(オ)は組織的上下や年上年下の上下を表しているようです。いずれにせよ兄(延・ェ)は前後上下を表す接尾語(方位助詞)から生じた上略語と思われます。またこのような例があります。同母姉(伊呂泥・イロネ)同母妹(伊呂杼・イロド)、この例では兄(延・ェ)が(泥・ネ)に変化しています。そして現在では兄(阿爾・アニ)姉(阿泥・アネ)と発音されています。この変化はもともと(阿)は私(吾・阿・ア)で吾の兄(阿爾・アニ)が吾の姉(阿泥・アネ)に変化したことを示しており、すでに述べたナ行音のエ音の泥(ネ)がイ行音の爾(ニ)の変化音であることの証明でもあります。なお、サ行音のところですでに書いたようにあがせ(阿賀勢・吾が兄・アガセ)、あせ(阿勢・吾兄・アセ)の兄(勢・セ)も上下方位音です。 次に枝(延・ェ)ですが、古事記の歌謡では枝は(延陀・ェダ)とも記されて、また上枝(本都延・ホツェ) 中枝(那加都延・ナカツェ) 下枝(志豆延・シヅェ)ともあります。従って枝(延・ェ)の語源は元(幹)から上中下の方向へ(延陀都・ェダツ)もので兄(延・ェ)と同じく方位助詞(接尾語)です。そしてこれと同じ用法は、マ行音の芽(米・メ)ナ行音の根(泥・ネ)音(泥・ネ)ヤ行音の鵼(奴延。ヌェ)、ぬえ草(奴延久佐・ヌェクサ)タ行音の鐸(奴弖・ヌテ)です。 まず。芽(米・メ)ですが㋑の歌に 粟生には 韮一巠(母登・モト) そね(曾泥。ソネ)が巠(母登・モト) そね(曾泥。ソネ)芽(米・メ)繋ぎ撃つ」と有ります。この意味は韮(ニレ)を土雲に例えて、粟の生える所に韮が一本生えている、その元と其の芽を繋いで撃つという意味ですが、芽は枝と同様元(幹や茎)から出るもの(米陀都・メダツ)ものです。また根(泥・ネ)も根元というように元(幹、茎)から地面の下へ生えるもの(泥陀都・ネだツ)ものです。またぬえ草(奴延久佐・ヌェクサ)は一般には、なよなよとした草で女(メ)にかかる枕詞とされていますが、若草が妻にかかる枕詞で、草紙は女文字(平仮名)で書かれたもの、徒然草の草も女性を意味し、青一草も主に女性の一生です。従ってぬえ草が女(メ)にかかるのではなく草が女(メ)にかかっていると思われます。このぬえ草の記された歌謡は八千矛神が高志の沼川比賣を夜這いした時に歌った歌の「青山に鵼(奴延。ヌェ)は鳴きぬ」に対し私は「ぬえ草(奴延久佐・ヌェクサ)の女(売・メ)にしあれば 青山に日が隠らば(迦久良婆・カクラバ) ぬばたま(奴婆多麻・ヌバタマ)の夜(用・ョ)は出でなむ 朝日の笑(恵・ヱ)み栄え(佐迦延・サカェ)来て。百長に寝(伊・イ)は寝(那・ナ)さむ」と答えたものです。ここに鵼(奴延。ヌェ)も出てきますが、この鵼はトラツグミ(虎鶫)のことでトラツグミは主に夜間に鳴く鳥で鵺鳥(奴延登利。ヌェトリ)ともよばれます。そして、この歌の意味は「私の名前沼川の奴(ヌ)はぬばたま(奴婆多麻・ヌバタマ・アヤメ科のひおうぎの黒い実でクロスから暗い夜の枕詞で夜にかかる)の夜の奴(ヌ)ではなく、瓊名川(渟名井のヌナと同語で神聖な玉のような川)の瓊(奴・ヌ)で鵺鳥のように夜ぬえる(鳴く・出る)ものではなく、神聖な朝ぬえる(生える・出る)日賣ですから夜は出ません、火の出る朝来てください。そうすれば百長に寝(伊・イ)は寝(那・ナ)さむ」と言っているのです。このぬえるのヌエは寝(奴・ヌ)るにもかかっているのかもしれません。このぬえ草と同じ用字例は古事記歌謡の「大河原の植ゑ草(宇恵具佐・ウエグサ)」に有ります。この植ゑ草(宇恵具佐・ウヱグサ)は大きい河の原(波良・ハラ)の水面の上に生える草の意でゑ(恵・ヱ)はワ行音の(ヱ)でこれは延へる(波閇留・ハヘル)の変化音で、終止形生ふ(ハフ)→連用形(ハヒ)→已然形(ハへ)→修飾助詞(ヱ)と変化したもののようです。それに対しぬぇ草(奴延久佐・ヌエクサ)のぇ(延・ェ)はヤ行音の(ェ)で、終止形出づ(イヅ)→連用形(イデ)→已然形(イヅレ)→修飾助詞(ェ)と変化したもののようです。また鐸(奴弖・ヌテ)の(弖・テ)も同じ変化音と考えられます。このぬえ草、鵺鳥、鐸には共通点があります。それはぬえ草は生え出るもの、鵺鳥は声を出すもの、鐸は音を出すものです。また音(泥・ネ)も音から出るものです。ただし、ぬえ草の(奴・ヌ)は沼を意味しますが、鵺鳥、鐸の(奴・ヌ)は夜を意味しています。古事記歌謡では鐸は置目老媼を呼び出すときに用いられています。従って銅鐸はもともと五穀豊穣の祭祀に神を招くために夜にならされたものが、その祭祀の中心が収穫祭になり見る銅鐸になり、さらに新嘗祭に変化したため打ち捨てられたと考えればすべてつじつまが合います。それはさて置きラ行音を除き残るワ行音を含め私が活用形・助動詞・助詞に分類しなかったその他もほとんど終止形→連用形→已然形→修飾助詞(ェ)→形容詞・名詞でほとんど説明できます。そこでまだ記していないワ行音も含め一括して記していきます。 ワ行(ヱ) 恵(乙類) (4) (7)・ 末(3)、笑(2)、酔(2)、飢。 この末(須恵・スヱ)の恵(ヱ)が方位助詞、酔(恵・ヱ)、飢(恵・ヱ)の恵(ヱ)は酔ふ(ヱフ)、飢ふ(ヨフ)の変化音で終止形(フ)→連用形(ヒ)→已然形(へ)→修飾助詞(ヱ)と酔ふ(ヱフ)、飢ふ(ヨフ)の已然形の上略語です。また笑(恵・ヱ)は上記した沼川比賣の歌を次のように対比するとわかります。 ⓵、青山に日が隠らば ぬばたまの夜は出でなむ ⓶、朝日の笑(恵・ヱ)み栄え(佐迦延・サカェ)来て、・・・。 この歌は⓵の夜、日、隠る、出ないと、⓶の朝、日、笑(恵・ヱ)み、栄え(佐迦延・サカェ)が対になっています。隠るの反対語は現ふる、出ないの反対語は出るです。そのため笑(恵・ヱ)みはワ行音のヱ(恵)、栄え(佐迦延・サカェ)はヤ行音のェ(延)になっているのです。つまり笑みの(恵・ヱ)は現ふ(阿良布・アラフ)の已然形(アラヘ)から派生した修飾助詞(ヱ)です。従って、⓶の歌の意味は山から日が現はれ栄え出でるように来て、・・・という意味です。ちなみに晴れるの語源は日が現はれ(晴れ)る、曇るの語源は日が隠(こも)るでしょう。 ところで、マ行音の米(メ)の書き残した利目(斗米・トメ)、胡鷰子(阿米・アメ)、久米(久米・クメ)ですが、利目(斗米・トメ)、胡鷰子(阿米・アメ)は一般的な解釈の㊁と㋭の歌から引用したのですが、その㊁の解釈は次のようになっています。 胡鷰子(アマトリ)鶺鴒(ツツトリ) 千鳥(チドリ)ま(麻)、鵐(シトトトリ・ホホジロ)のように、なぜ黥をした利目(鋭い目)なのか。 ただ、阿米(アメ)がアマトリなら阿米は(天・アメ)でいいはずで阿米を胡鷰子(アマトリ)に当てる必要はありません。天(阿米・アメトリ) ・鶺鴒(都都・ツツトリ)・千鳥(知杼理麻・チドリ)・ま(麻)・鵐(斯登登・シトトトリ) など黥ける(佐祁流)利目(斗米・トメ)でいいはずですがこれでも問題が残ります。それは千鳥(知杼理麻・チドリ)と鵐(斯登登・シトトトリ)の間に麻(ま)が入っていることです。また斗米(トメ)は本文から利目を当てているのですが、なぜ斗(ト)が利なのか、そう考えて㋥㋭の内容を読むと、素直に阿米は天(アメ)、都都は接続助詞のつつ(ツツ、重ねてあること)、知杼理は千鳥(千の鳥・多くの鳥)、ま(麻・マ)は副詞のま(まあ〈今〉の訳語)、斗米は見止める(ミトム・見定める)で、見置(美意岐・ミオキ)が歌では置目(意岐米・オキメ) となっているように見止(美斗・ミト)めるが歌では止目(斗米・トメ)になったと考えその歌の意味は 天(阿米)つつ(都都)、千鳥(知杼理・多くの鳥)がいるのに、今(麻・マ)、ホホジロ(斯登登・シトト鳥)のように、など(那杼・ナド)入れ墨をした裂ける(佐祁流・サケル) 見止める(斗米・トメ・見定める)のか、としたほうが㊁㋭の文面とは一致するようで、㋭の利目(斗米)も止目(斗米・トメ・見定める)の方が意味が通りこの米(メ)も置目の米(メ)と同じく語源は見(美・ミ)の未然形(米・メ)と思われます。 次に久米(久米・クメ)ですが、これは㋑に「みつみつし 久米(久米・クメ)の子らが」とあります。また、後代には久米氏や久米部が有り文面から見ても一つの組織集団、とりわけ部族集団を意味することは間違いありません。ただこの米(メ)の語源が何かというとはっきりしませんが、おそらく組む(久牟・クム)の変化音、終止形(クム)→連用形(クミ)→已然形(クメ)→修飾助詞(米・メ)で、連姓の大伴(意富等母・オホトモ)氏に対する直姓の大組(意富久米・オホクメ)氏と思われます。大伴氏も久米氏もともに軍事集団ですが大伴氏は天皇家の軍事集団で、久米氏はそれに組した集団もしくは組み入れられた集団です。なお、この久米という地名は初期大和王朝に属さない吉備中心とする岡山県・鳥取県・愛媛県、肥前の佐賀県、龍琉球の沖縄県にあることは邪馬台国問題や日本語の歴史にも重要な要素なっています。以上ここまでラ行音を除くすべてのエ行音について記してきましたが古事記歌謡の句頭には立っていますが大半がイ行音から生じたもので、ほとんど動詞の活用語かそれから生じた助動詞・助詞になっており語頭に立つものはありません。このことは古代日本語の初期のものにはエ行音がなかったことを示しています。ただ問題はそれが生じたのは初期日本語の内在変化によって生じたものか、外来音の渡来によって生じる外来変化なのかが日本人の起源や現在の日本語の起源に非常に重要なものになってきます。そして、それを示しているのが最後に書き残したラ行音です。 ラ行(レ) 礼(乙類) (31) (16)・ 我れ(4)、吾れ(3) 誰れ(3)、あはれ(3)、これ、霰(あられ)、 このラ行音の礼(レ)は今まで記してきたエ行音の音とは全く違う意味を示しています。それを簡単に言いますと一つにはこれを含むラ行音の音がどの変化を考えても内在的に生じる音ではないということです。従ってラ行音は外来音としか考えられないことです。今一つは今まで記してきたエ行音の音は無くなると意味が通じなくなるのに対しラ行音の礼(レ)の音はなくても意味が通じることです。それは古事記の歌謡にはっきりと表れています。 礼(レ)音なし 我が(和賀) 吾が(阿賀) 誰が(他賀) 此をば(許遠婆) 礼(レ)音あり 我れは(和礼波) 吾れは(阿礼波) 誰れを(多礼袁) 此れば(許礼婆) つまり、礼(レ)音ありから礼(レ)音を除いても意味は通じます。このことが何を意味するかというと、礼(レ)音なしの和(ワ)、阿(ア)、他(タ)、許(コ)は単音で意味を表す表意音で発音され、礼(レ)音ありの和(ワ)、阿(ア)、他(タ)、許(コ)は礼(レ)音がつかないと意味が解りにくい表音で発音されていたことを示しています。現在の日本語は基本的に表音語です。一音では意味が解りません。なお、念のため申し上げておきますが表意音というのはもともと動物が発音する二重母音です。簡単に言うと動物の泣き声、赤ちゃんの泣き声、悲鳴などです。従ってここで言う表意音とは言語の進化上生じる表意音(二重母音)の表音化(単母音化)の中間表意音です。なお動物の発する表意音は基本的には上・中舌音で多重母音です。人間の赤ちゃんがエーンエーンと泣くとか牛がモォーとなくとか言いますがエ音や音でないているのではなく聞く方が自分の発音で聞くからそう聞こえるだけなのです。大人でも感情がこもれば上・中舌音になります。それは表意音になるため社会的対話言語からすでに逸脱し動物恩に戻っているのです。 ところで、もう一つ、この例では和(ワ)、阿(ア)、他(タ)は甲類の音、多(タ)、許(コ)、礼(レ)は乙類の音です。特に注目すべきなのは表意音の他(タ)は甲類、表音の多(タ)は乙類です。このことから甲類の音はもともと表意音に近く、乙類の音は表音に近かったことを示しています。ではなぜ表意音の許(コ)が乙類なのかという問題になりますが、それは古代日本語の初期のものには古代琉球語のようにエ音だけではなくオ音もなかったからです。そのことは次稿以下で記していきます。ところでこのラ行音の示すところはまだまだあります。次にそれを記していきますが、その前にこの例からワ行音に関することを記しておきます。それはここに記されたワ行音に記された我れ(和礼・ワレ)とア行音に記された吾れ(阿礼・アレ)との関係です。 ア行(ア・a) 阿 吾が(阿賀・アガ)6 吾れは(阿礼波・アレハ)3 吾君(阿芸・アギ)1 ワ行(ワ・Wa) 和 我が(和賀・ワガ)30 我れは(和礼波・ワレハ)4 我家(和芸弊・ワギ)2 ここに記された吾(阿・ア)と我(和・ワ)は自分を意味する私(アタシ・ワタシ)の意味です。従ってどちらかがどちらかの原音ということになりますが、(ア・a)音がなければ(ワ・Wa)音は成立しません。つまり我(和・ワ) は吾(阿・ア)の原音にはなれないのです。では吾(阿・ア)音が我(和・ワ)音の原音かというとこれにも問題があります。一つは(阿・ア・ａ)は一音で音節を作ることはできますが、一音では対話的意味を示すことはできません。今一つは、吾(阿・ア)音が我(和・ワ)音に内在的に変化する要因が存在しないことです。では吾(阿・ア)の原音は何だったのか。おそらく吾は(ua・ウア)の二重母音で発音されていたと考える以外ありません。ただし二重母音は必ず一方は半母音で発音されます。おそらく吾(阿・ア)と我(和・ワ)の関係は次のようなものだと考えられます。 吾(ua ・ウア)→吾(waゥア)→吾が(waga・ゥアガ)→吾が(Ａga・アガ)→吾(Ａ・ア)れ。 ↘我れ( ware・ワレ) →我れ(Ware・ワレ)→我(Ｗa・ワ)れ この場合のが(ガ)やれ(レ)は、を(ヲ)でもに(ニ)でもは(ハ)でもよく二十母音によって表意されていたものに補助詞がつくと単語単純化の原則(発音数を減らすこと)により一音脱落が起こる現象です(言語の進化論より)。 以上長々とエ行音を中心に記してきましたがその目的は古代日本の初期言語にいかなる行音がなかったかを調べることです。そして、エ行音については同じ母音行のイ行音から生じたこと、その原音はアイ(ai )のはずです。一方ワ行音は子音行ですが母音行のウア(ua)から生じています。このことはワ音が古代日本の初期言語に無かったことを示していると同時にワ行音がどのように成立したかを示す原因にもなっています。つまり、次のように考えざるを得ないのです。 ワ行音、初期日本語のua・ui・uu・ue・uoから wa(わ)・wi(ゐ)wu(ゥ)we(ゑ)wo(を)が生じた。そして、半母音の(w)は子音化しわ(Ｗa)に変化した。そして、詳しくは述べませんが同じ変化をしているのがヤ行音です。 ヤ行音、初期日本語のia・ii・iu・ie・ioから ya(や)・yi(ィ)・yu(ゆ)・ye(ェ)・yo(よ)が生じているのです。つまり、ヤ行音も古代日本の初期言語に無かったと思われます。ただこのヤ行音やワ行音のような変化は二重母音の単母音化によって生じたとしてもワ音行やワ音行のような子行音の単母音化とエ行音のような母音行のような単母音化は基本的に異なります。何が異なるかというと子音行の二重母音は前の母音が半母音化します。母音行の二重母音は後の母音が半母音化します。その結果愛知(アィチ・aiti)が(エィチ・aiti)→愛知(エチ・eti)になると思われます。同じような変化は(au)の二重母音にも起こります。例えば逢坂(アウサカ・ausaka)→逢阪(オウサカ・ousaka )→大阪(オオサカ・oosaka )などの例です。そしてもともと古代日本の初期言語にオ・ヲ行音も無かったと思われますがその理由は後述します。このように二重母音が単母音化する時に生じるような変化は同言語内で起こるので内在変化といいます。それに対し橋本進一氏が言われるような日本語になかったラ行音のような音は内在変化では起こりません。従ってラ行音は外来のものでそのような音の外来による日本語の音の変化を外来変化といいます。そして問題はその外来の音がどのような人によって何時伝わり日本語がどのように変化したかです。その内まずラ行音が伝わった時日本語にどのような変化が起こったかから記していきます。 ラ行音の渡来と、ヤ行音・ワ行音・エ行音の日本語の内在変化・外来変化と甲類・乙類 ラ行音が伝わった時日本語にどのような変化が起こったかは古事記歌謡のア行音・ラ行音・ワ行音・ハ行音の関係にはっきりと表れています。それを示すと次の通りです。 あ行 い・ゐ行 う行 え・ゑ行 お・を行 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 ア行 阿 伊ii 宇uu 畳 淤 ラ行 羅 良 理 留 流 礼 路 呂 ワ行 wa 和 韋wi wu 恵 意 袁 ハ行 波 比 肥 布 弊 閇 富 本 まず、この内ア行音については乙類の仮名文字がありません。そして、阿(あ・ア)、伊(い・イ)、宇(う・ウ)、畳(え・エ)、淤(お・オ)の音は阿(あ)、伊(い)、宇(う)は上舌音、畳(え)は中舌音、淤(お)は中舌音に近い上舌音になっています。一方ラ行音は乙類も甲類も仮名文字はあり在りますが、乙類の良(ら・ラ)、理(り・リ)、流(る・ル)、礼(れ・レ)、呂(ろ・ロ)は下舌音か中舌音に近い下舌音ですべてそろっておりますが、甲類の仮名文字にRi(リ)音とRe(レ)音が有りません。それはア行音のような上舌音で話す人がこの乙類のRi(理・リ)音とRe(礼・レ)音を発音しても舌の位置がほとんどア行音の伊(イ)音、畳(エ)音と一致するため甲類のRi(リ)音とRe(レ)音は生じないのです。そして、舌の位置がかけ離れた乙類の良(ラ)流(ル)呂(ロ)音だけ羅(ラ)留(ル)路(ロ)と中上舌音で発音していたと思われます。 次にハ行音とワ行音の関係ですが、ハ行音には甲類の音が波(は)比(ひ)布(ふ)弊(へ)富(ほ)と全音そろっております。しかし、乙類の音はHa(は)Hu(ふ)が有りません。それは下舌音のラ行音を話す人がハ行音を発音するとHa(は・波)は和(わ・Wa)、Hu(ふ・布)は宇(う・wu→uu)になってしまうためです。つまり、実音和(わ)や宇(う)を波(は)や布(ふ)と書くのはそのためです。また日本語にカタカナ(男文字)とひらかな(女文字)が有るのは同じ理由です。つまり、宮廷の貴族や官人の男性は仕事上乙類の音を用い、女性は貴族でも官人でないため乙類の発音になじめず甲類に近い文字を必要としたのだと思われます。いわば女性同士の井戸端言語です。 それはさて置きワ行音には甲類の音が有りません。それは文献を記すにあたって甲類のワ行音を甲類のハ行音の仮名文字で記したためです。逆に乙類にはWu(う・ウ)の音が有りません。それはWu(う・ウ)が宇(uu・う・ウ)と一緒になってしまうからです。ところでア行音で話す言語とラ行音で話す言語を日本列島の近辺に求めると、ア行音で話す言語に近いものは琉球語の祖語(与那国方言)に、ラ行音で話す言語に近いものは朝鮮語に求めることができます。ただ与那国方言をはじめ琉球語には母音にエ音とオ音がありません。これは琉球列島に下舌音で話す人はおらず、また乙類の音が伝わっても中・上舌音で話すため母音にはならないのです。なお、ai(アィ)・au(アゥ)を乙類の発音(下舌音)で発音し、更にそれを甲類の発音(上舌音)でするとエ・ェ(ゑ)音とオ・ヲ音になります。具体的には次の通りです。 ai(アィ)→ei(ェィ)→e(ェ・ゑ・恵)→e(エ・え・畳) au(アゥ)→ou(ォゥ)→o(ォ・を・袁)→o(オ・お・淤)です。 このようにして日本語にエ・ェ(ゑ)音とオ・ヲ音が生じエ音とオ音の母音ができたのです。このような変化を今まで内在変化と記してきましたが、実際は外来変化なのです。そしてそのような変化はヤ行音にもワ行音にも言えます。例えば与那国方言にもY・Wの半母音であるj・w はありますが、実際には日本語のYはDで、WはBで発音されます。たとえば日本語の山(YaMa・ヤマ)は(DaMa・ダマ)です。そのような発音は日本語にも残っています。例えば そうじゃろう(JaRoU)→そうだろう(DaRoU)→そうだ(Da) ↘そうやろう(YaRoU) →そうや(Ya) 難波 なにわ(NaNiHa)⇆なんば(NaNBa) 丹波 たにわ(TaNiYa)⇆たんば(TaN Ba) このような変化音は日本語の子音行の各所に現れます。たとえば じゃ(ja)じぃ(ji)じゅ(ju)じぇ(je)じょ(jo) ↓ 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 甲類 乙類 ↘→ヤ行 夜(Ya) ii(yi) 由(Yu) 延(Ye) 用(Yo) 余与(Yo) ↘→ダ行 陀(Da) 治(ji) 豆(ju) 弖(De) 度(Do) 杼(Do) ↘→ザ行 邪(Za)奢(Ja) 遅(Ji) 受(Zu) 是(Ze) 存(Zo) 叙(Jo) (wa)・(wi)・(wu)・(we)・(wo) ↘→ワ行 wa 和(Wa) 韋(wi) wu 恵(We) 意(Wo) 袁(wo) ↘→バ行 婆(Ba) 毘(Bi) 備(Bi) 夫(Bu) 辨(Be) 部(Bo) 煩菩(Bo) このだ(Da)ば(Ba) の音は関東方面に多くや(Ya)わ(Wa)の音は関西弁で、じゃ(ja)の音は岡山・広島方面に多いと思われます。そしてこれは愛をアイ・女性器をオマンコと言う地域と愛をエ・女性器をオメコと言う地域と分布が一致しているようです。これは日本の古代にア行音とラ行音で話す人が併存していたからにほかなりません。ただその人数の過多によって分布が決まります。そしてその分布は血液型分布やX染色体のミトコンドリア分布やY染色体のパブロン分布とも相関があります。つまり、日本語は多重言語なのです。現在日本語の古母音には八音あったという説があります。これも簡単な話で、もともとは古代日本語には与那国方言と同じょうにa・i・uの三音しかなくそこに下舌音(乙類の音)で発音する人が渡来したために六音になり、更に乙類のe・oが生じ八音になり、そして甲類のe・oが生じ十音になり、甲類のii・ uu と乙類のwi・wu音が同化し八音になり、それが言語進化論の言語共通音化の原則に従って現在の五音になっているのです。ただし現在の日本語も方言を加えると完全五音ではありません。標準語によって呉音に固定されているのです。 一方朝鮮語との関係ですが、朝鮮語にはラ行音とエ音が有ります。ただ朝鮮語のラ行音は日本語のラ行音とは異なります。例えば朝鮮半島の最南端にあった加羅は日本語では加邪(カヤ・kaya)か迦羅(カラ・kara)ですが朝鮮語では(Karia)か(Kalia)でおそらくLだと思いますが、その(lia)を与那国方言のr音で発音(甲類)するとRa、乙類の音で発音すると発音数少量化の原則に従ってl(リ)の音が脱落しYaになります。またエ音については日本語の万歳(バンザイ)は朝鮮語では(バンゼイ)と発音されていますし、また「わっしょい、わっしょい」も韓国では「わっせい、わっせい」と発音されています。この関係は与那国方言に位置的・民族的に近い呉音と、朝鮮語に位置的・民族的に近い漢音にも表れています。 西 歳 体 礼 米 京 呉音 サイ サイ タイ ライ マイ キョウ 漢音 セイ セイ テイ レイ ベイ ケイ つまり呉音はア音、漢音はエ音です。もちろん例外はあります。ただこのことは三角縁神獣鏡の制作者が呉の人間でないかと言う説とも関係してきます。 以上長々と記してきましたが、私は言語学者でもなければ音声の専門家でもありません。そして以上記した内容が専門的に見て正しいかどうかは解りません。でも当たらずとも遠うからすだと思っています。あとは専門家に判断をゆだねることですが、ただ此処で言えることは日本語が何時の時代にどのように話されていたかが解れば、どの時代にどのような言語を話す民族が日本列島に渡来したかが解ること、逆に言えば、どの時代にどのような言語を話す人が渡来したかが解れば日本語がどのように変化したかが解ることです。本稿で書くべきことはまだまだあるのですがいったん打ち切ります。そして、次稿では本来の目的である縄文言語と弥生言語や日本列島への渡来人と日本人の起源に関し具体時に記していきます。
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